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ご挨拶

2023年7月1日、一橋大学社会科学高等研究院(HIAS)に、人新世研究センターが新たに設置されました。この2023年7月は、中旬以降猛暑が続き、東京都心でも最高気温が35度以上となった猛暑日が13日、最低気温が25度以上となった熱帯夜が17日もありました。7月としては日本の観測史上もっとも平均気温が高かったことが確認されています[1]

世界的にも同様の傾向で、2023年7月27日には世界気象機関(WMO)とEUの気象情報機関である「コペルニクス気候変動サービス(C3S)」が、7月の世界の平均気温が観測史上最も高くなることが確実になったと発表しました[2]。猛暑を招いた要因としては、偏西風の蛇行やエルニーニョ現象が挙げられるようですが、背景として気候変動の影響があることは確実視されています。これを受け、国連のグテーレス事務総長は、「地球温暖化(global warming)の時代は終わり、地球沸騰(global boiling)の時代がやってきた」と述べ、これ以上の気候変動を止めるため直ちに行動を起こすことを訴えました[3]

振り返ってみると、気候変動問題に取り組むための国際的な政策枠組みとして、気候変動枠組条約が採択されたのは、1992年にブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開催された国連環境開発会議(地球サミット)においてでした。以来30年余りが経ち、同年に大学に入学し、環境問題に関する研究を続けてきた私自身にとっても、こうして気候変動の影響が実生活に及ぶようになってしまったことは(そして、自分もグレタさんに怒られる大人の一人となってしまったことも)、大変残念なことです。

この研究センターがテーマとしている「人新世(Anthropocene)」とは、まさにこうした気候変動や生物多様性の喪失といった、環境の危機が顕在化した時代を示しています。現在、国際地質学連合(IUGS)において、人新世を地質年代として公式に採用することが検討されています。このことは、人類の活動が地球におよぼす悪影響が、地質学的に観測可能なほどの衝撃をもたらしていることを意味しています[4]

一方で、人新世はその性質上、長期に亘って継続するものではないと考えられます。なぜなら、人類がこのまま有効な対策をとらず、地球の環境を破壊してしまえば、文明社会を維持する基盤が失われ、もはや人類に地層に痕跡を残せるような能力は残されなくなるはずだからです。逆に、人類が自らの活動を適時適切に制御し、今後数十年とされる期限内に持続可能な社会への移行を達成することができれば、その時には地層に痕跡を残さないような新たな生活様式を実現できる可能性があります。

この研究センターは、人新世以降の地球、すなわちポスト人新世における文明社会の持続という課題の解決に向け、社会科学分野における国際的研究ネットワークのハブとなることを目標として設立されました。社会科学の総合大学である一橋大学の特色を活かしつつ、歴史俯瞰的かつ文理共創のアプローチで、脱炭素化やポスト人新世に向けた社会課題に取り組んでゆきます。

2023年8月 山下 英俊

[1] https://digital.asahi.com/articles/DA3S15706468.html

[2] https://public.wmo.int/en/media/press-release/july-2023-set-be-hottest-month-record

[3] https://www.un.org/sg/en/content/sg/speeches/2023-07-27/secretary-generals-opening-remarks-press-conference-climate

[4] http://quaternary.stratigraphy.org/working-groups/anthropocene/